静かなるドン
約2週間ほどかけて「静かなるドン」を読んだ。この漫画を読むのは久々だった。
以前はコミックを持っていたのだが、引越しに伴いその全てを捨ててしまった。今回はコミックをわざわざ買うのではなく、インターネットで読んだのだ。時代の変化を思わずにはいられない。
現在連載中の漫画であり、なおかつ、ネットでは70巻までしか掲載されてないから全体云々はなかなか言えないが、この漫画は二つの話に分断される。
一つはヒロインの秋野が静也をやくざと知るまでと知った後だ。これは秘密の取扱いとしても興味深い作品となっている。秋野が静也をやくざだと知るまでは、典型的なヒーロー、ヒロインの物語だ。スーパーマンしかり、ウルトラマンしかり、古今東西よくある話の典型なのだ。主人公の秘密を知っているのはごく一部の人間だけで、その他の人はあまりの落差にこれが同一人物だとはわからない。当然そこで主人公は秘密を知られてはならないから悲喜こもごもの努力をする。この努力のさまが案外ドラマを作りやすくしている。
しかし「静かなるドン」はヒロインが秘密を知ってしまうのだ。主人公の秘密は秘密でなくなり、ヒロインが秘密を背負い込む形になっている。したがってヒーローは戯画化されてしまう。秋野が静也の心中を忖度するさまは、静也を一種の道化にしているような気がしてならない。静也の頑張りが空回りしているように見えてしまうのだ。損な展開だと僕は思うのだがどうだろうか?
さて、この作品は鬼州組との決戦以降、彩子との話を挟んで、チャイニーズマフィア、アメリカンマフィア、ロシアマフィアと世界のマフィアと戦っていくのだが、なんとも漫画的というか。かなり無茶な設定思えるのだが、何故か読ませてしまう。思うにキャラが立っている作品なだけに、そこに救われているのかな?生倉のおやっさんいけてます!
















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