« 愛するということ | トップページ | 人間って小さいなぁと思った瞬間 »

2008/11/23

ショーシャンクの空に

言わずと知れた90年代の傑作映画。この映画をお気に入り映画に挙げる人が結構いたものだが、現在はどうなんでしょうね。今回はブルー・レイで観ました。映像が奇麗だというのは納得。

ストーリーについてはいいだろう。下手な粗筋書きは野暮というもの。特にラストどんでん返しは圧倒的だろう。

希望ということが映画中に盛んに出てきて印象深いが、前提として理不尽な理由で虐げられ絶望しているという状況が執拗に描かれていることは指摘しておいていいだろう。調達屋レッドの語る刑務所の壁の概念、つまり初めは壁を憎み、慣れ、頼るようになるという心理の変遷は自由を奪われ、人間性を奪われていく過程とみなすことができるように思う。人間はその人間性を奪われると、奪った者たちに反抗するどころか逆に従順になり頼るようになるというまことに恐ろしい精神の変遷をたどるのだ。そういう状況に至る人間はおそらく、自分の中のなにがしかを守ることができ、なにがしかを失いその勘定があっているのかどうかさえ判断することを放棄してしまうに違いない。そして奪った者たちはその奪ったことに少しも罪悪感を感じることなく安住し、自分が何を奪ったのか省みることすらしない。レッドがいう壁に頼る状況というのは一見安定しながらも不自然な状態が放置され、それを誰も改善しようとはしない状況なのだ。

主人公アンディーはその状況に一石を投じる者だ。わからず屋の議会を説得して刑務所に図書館を作り、刑務官の税金の申告書を作り、果ては所長の裏金作りを行う。たくさんいる囚人と刑務官の中で彼唯一人が人間性を失わず希望を失わなかった人間なのだ。ラストにアンディーは安住の地である刑務所から脱獄するのだが、それは勘定に見合わない絶望に反旗をひるがえしているに相違ない。この映画で希望が輝くのは奇妙な安定の中に居座り続ける絶望があまりに深刻だからといえるのだろうと思うのだ。

ラストに所長は自殺するのだが、奪ったものの大きさを自覚して死んだのだろうか?ただ、巨額の金を取られただけでなく。

|

« 愛するということ | トップページ | 人間って小さいなぁと思った瞬間 »

「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95537/43195758

この記事へのトラックバック一覧です: ショーシャンクの空に:

« 愛するということ | トップページ | 人間って小さいなぁと思った瞬間 »