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2008/11/06

バブルへGO タイムマシンはドラム式

DVDで観た。

劇場でも見たからこれで2度目ということになる。前回の感想文はこちらhttp://hanahanameiwaku.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/index.html

あれから1年以上が経過しているのに面白さはちっとも変わらない。そして面白いことに2度目に見たというのに印象も変わらない。ある意味不思議な映画だ。ニューシネマパラダイスの時に持った感想とはえらい違いだ。これもある意味この映画の力ということができるのだろう。

1年前にも書いたが、やっぱり能天気でノリがいい映画だ。

そして、やはりアイディアがいい。古すぎず、かといって新しい時代でもなく、現代とはあまりに違う時代。こんな時代をその歴史にもった日本という国は案外幸運な国なのかもしれない。

バブルについて一言。

バブルとは僕にとっては仰ぎ見るものだった。あのころ僕は中学生だったのだ。大人たちの気分に乗って日本はすごい国「ジャパン・アズ・ナンバー1」だと信じていた。無邪気だった。学校で教わる日本の歴史とは特に近現代史は自虐的で苦痛に満ちたものだったが、現実に目の前にある日本は世界中から羨望の眼差しでみられる輝ける国家だった。その落差を思うとき日本の後ろ暗い歴史というやつの溜飲を下げることができた。だからバブルが崩壊したあとの失われた10年は僕の中の日本のイメージが崩れ去るものだった。

この失われた10年の間に保守的な政治思想が台頭してきたのは偶然ではあるまい。例えば小林よしのりである。小林の行った仕事は保守の復興というよりは日本の誇りを取り戻そうとする運動に他ならなかったと思う。それはバブルと入れ替わるようにしてやってきた輝ける国家日本というイメージの再生産だったのだと思う。もちろん僕は小林にも踊った。

いま振り返ってみてバブルとその後の失われた10年とは何だったのかと思う。結局この二つの時代から透けて見えるものは、偉大な国家の幻影に酔いたがる卑小な自分の姿だったのではないか。少々の苦さを伴う感慨だ。今の僕は距離を置いて眺める気分が支配的だ。何にも踊らされてはならないという慎重で臆病な態度は熱狂を伴わないつまらぬもののように思えてしかたがない。

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