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2008年10月

2008/10/29

夜は短し歩けよ乙女

天才ってのはいるもんなんだなとこの本を読むと率直に思う。森見登美彦の小説である。

一読して思うのはまるで童話のような、昔話のような、あるいは千夜一夜物語のような不思議な感覚がこの小説全体に流れていることだろう。僕は千夜一夜物語の影響は絶対あると思っている。

物語は二人の私によって進められる。一人の私は男性の大学生でもう一人の私である後輩の女の子に恋をしている。この女の子は先輩が自分のことを好きだということをまったく気付かずにいて、先輩のほうは何とか彼女の視界に入ろうと奮闘するのだ。そうしていろいろな騒動が勃発する。

奇妙奇天烈なキャラクタをーを周りに配し、幻想的な風景さえも現れるが意外とこの主人公たちが活動するのは狭い範囲だ。三谷作品のように物語が濃密になっている。特に傑作なのは御都合主義者かく語りきの大学の学園祭だろう。大学構内でまったく読者を飽きさせずにぐいぐい物語を進めていく様は圧巻だと言える。そして笑える。

非常に上質の笑いでしかも日本人の感性に非常にあっているように思う。キャラクターの設定などよく考えればありきたりな感じがしないでもないが、それを覆い隠すほど構成の妙と文体の非凡さがあふれているのだ。

今更僕が勧めるまでもないのだがこれは本当に面白い本だと思う。ぜひ読んでみていただきたい。村上春樹に代表される文学の対極に位置するものだと僕は思うのだが・・・。

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20世紀少年

よく映画化したものだと思う。僕は原作のファンの一人だがこれほどの壮大なドラマを実写化した制作陣に敬意を表したい。

作品の中身についてはとやかく言うまい。映像化されただけでも奇跡に近いのだ。同じ浦沢直樹の漫画でモンスターがあるが、あれがいまだにアニメ化でとどまっていることを考えれば今回のプロジェクトがいかにすごいものかわかろうというもの。どうでもいいけどモンスターはハリウッドに買われたと聞いているがいつ実写化されるんだ?

ただひとつ言いたいのはマンガの世界をそのまま実写にするのは芸がなさすぎやしないか?演者も原作を連想させるひとを起用しているようだし、カットまで酷似しているみたいだ。なんだか映画の力を舐められているような気がしてならない。少し複雑な気分にさせられて劇場を後にした次第だ。

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デトロイト・メタル・シティ

公開されてずいぶん経つが、やっとこさ見ることができた。

率直な感想を述べると僕にはイマイチな感じだった。つまらないのではなく面白くないのだ。

とりかえばや物語の昔から変身願望というのは人間にはある。この作品は巻き込まれ型の変身だが、どうもうまくない。

ヒロインの描写が弱すぎる。クラウザーのインパクトがあまりにも強すぎるからだろうか、ほとんど刺身のつまの様に味気ないもののように感じる。単なるいい人、きれいな人ではなかなか難しいだろう。いまいち爆発力に欠けるのは彼女の存在の希薄さにあるだろう。

さらにいうとバンドのメンバーの印象が薄い。尺の問題はあるだろうが、およそデス・メタルなどやりそうもない人間が無理やり集められているという感じがあんまりしないのだ。ドラムなど「ブルマー」しか言わない。これでは主人公の存在が浮いてしまうのではなかろうか。

たぶん、欲張った結果なのだろう。原作への愛着がそうさせるのかもしれないが、根本的に登場人物が多すぎる。はっきりいって、後輩との遊園地でのシーンはいらない。もう少し焦点を絞っていったほうが落ち着いて物語をかたることができるように思うのだが。さて、いかがだろうか?

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2008/10/28

「mashup!音王maniaXXX」及び「輝きながら」あるいは白鳥百合子について雑感

ひさかたぶりの白鳥百合子である。少し時間に余裕ができたので2本いっぺんに鑑賞することと相成った。もちろんDVDである。

mashup!音王maniaXXXは仙台放送で制作された音楽番組である。実態としては東京の製作会社が委託を受けて制作したというものなのだろうか?地方番組とは思えないほど豪華なゲストが出ている模様。もっとも本DVDは司会である桜塚やっくんと我らが白鳥百合子のトーク部分のみを編集しているものだ。

見ていて驚いたのは桜塚やっくんが意外にトークを回せていることだ。白鳥の細かな天然ぶりを見逃さずにしっかりキャッチしているところはなかなかの腕ではないかとみた。ただ難点を挙げるとすればもう少しトークの広がりがあると面白かったのにというところか。話の展開の持っていきかたにもうひと工夫が必要かもしれない。でも時間の関係もあることだし、またゲストのいないオープニングや締めのトーク部分に相当するのであるだろうからこれでよいのかもしれない。

ところで白鳥百合子だが、僕は彼女がこの番組の司会をしていたのは知っていたが、9回の放送で降板していたとは知らなかった。よくドラマで1クール10回などと言ったりするくらいだから3か月ほどの出演ということになるのだろうか?仙台放送はよくこのDVDを出すことを決断したものだと思う。なにか勝算はあったのだろうか?ファンにとっては涙ものの決断だろう。

このDVDは白鳥百合子の人となりがよく表れたものになっている。作中やっくんにあんたの学校時代は?と問われ「ポワンポワンしてました。私の周りはポワンポワンした人ばっかりでした」と語る場面があるのだが、これこそが彼女の本質なのだろう。天然というのではなく非常に丸みの帯びた人格であることがうかがえる。出世欲や野心とは無縁の人なのだ。ブログを見てもそうだが妙に腰の低い、周囲に気を遣うコメントがよく並んでいるがそれはこのポワンポワンから発せられる彼女の精神の奥の奥の核になっている部分から来ているのだと僕は思う。現在休業している彼女のブログに未だ200件近いコメントが寄せられる背景はこうした性格を稀有なものとして大事にしたいと考えるファンが多いということなのだ。アイドルと呼ばれる女の子たちにわれわれ男性は心奪われることが多いがその笑顔の向こう側にある種の野心が見え隠れしているのを鋭敏なものならば感じるだろう。白鳥百合子にはそうしたものは皆無であり、それこそが白鳥百合子を稀有な存在にしている。

だが白鳥百合子の容姿とは非常に強いものだ。背が高く、手足が長く彫りの深い顔立ちで眉がきりっとしている。特に印象的な目はネコ科の動物を思わせる。

容姿と先に述べた内面のギャップが彼女の魅力なのだ。だがそれは容姿から彼女を判断しようとする人を非常に戸惑わせることにつながるだろう。彼女が電王のハナ役を射止めたことは偶然ではないような気がする。いつかのブログにハナの活発で時に暴力的な役柄に戸惑ったというコメントがあったが、それはそのままその仕事にかかわった人々にも当てはまったことかもしれない。

ところで話は変わるが「輝きながら」だがこれが世に送りだされたことに僕は驚いている。版権の管理っていったいどうなっているのだ?ずいぶんおかしな話だと僕は思っているのだが。

だがしかし白鳥百合子とはきれいな人だ。ただミディアムテンポの曲が続く映像の羅列というのは僕にとっては拷問に近いですな。ファンといえどもアイドルDVDというのはどうも苦手だ。これを喜々として何度も見るというファンがいるというのだから、やはりこの手の映像は僕には合っていないのだろう。筋金入りのファンとはすごいものだと率直に思う。

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2008/10/22

パコと魔法の絵本

実に不思議な映画だ。荒唐無稽のようでいて、普通であり。個性的なようでいて、平凡であり。非常に多面的な顔を持つ映画だ。

日曜日の一回目に見た。親子連れ2組ぐらいしか入っていなかった。もしかして売れていないのか?あるいはポニョ疲れ??

ありていに言えば話の筋は凡作の域を出ないかもしれない。ヒロインであるパコの造詣もよく考えれば博士の愛した数式に酷似しているし、主人公大貫のわがまま勝手ぶりもベタだし。見ていて話の筋が読めちゃうし。でも面白い。

思うにパコと周りの大人たちには決定的な落差がある。周りの大人たちがどこか不完全で何かが欠落しているのに対して、パコという主人公は完全無欠で欠落した部分がない。本当はパコの両親は事故で死んでしまい、パコ自身もその事故がもとで記憶が一日しか持たないという障害を負っているのだが、まさにその一日しか記憶が持たないところが永遠に傷つかない心を象徴しているようで面白い。記憶が一日しか持たないからこそ記憶という傷から自由でいられるのだ。浦沢直樹のモンスターや20世紀少年と対比すると実に興味深い位置に立つ作品ではないか。

その無欠のパコの頭の中に少しでも残ろうと傷を持つ大人たちが絵本の内容を演劇にして演じるというのは、あたかも神に祝福を受けようと奮闘する姿に思えてならない。自らの傷に対して人間が精一杯向き合う姿とも言えるのではあるまいか。こういう姿が凡庸なこの作品をかえって非凡にしているのだと思う。よい作品だ。

DVDが出たら絶対に買っちゃうよな。これ。

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レオン 完全版

言わずと知れたリュック・ベッソンの代表作。DVDで観た。

日本での公開が95年のことらしい。もう10年以上も経っている作品であることに驚く。よくよく考えればヒロインを演じたナタリー・ポートマンはいい大人になっているのだから当たり前のことなのだ。だが僕の中ではこの作品は全然古びていないし、今でも新鮮だ。

古びないということはそれだけ普遍的であり、個性的であるということなのだろう。僕が思うにこの作品には絶対に他者には理解されないと思われる孤独がもう一つの孤独に出会うことによって得られる理想郷と、それでもなお自分たちを阻害し続ける世界との対峙が描かれているように思う。ラストの有名なあまりにも激しすぎる銃撃戦はホテルのドア一枚を隔てて、あっち側の世界とこっち側の世界の激しい葛藤であるように思えてならない。あっち側の世界は常に圧倒的なかつ暴力的な力でこっち側の世界を侵食しようとする。こっち側の世界の人間はあっち側の世界の横暴に対して激しい抵抗を試みる。

この映画が悲しいのはレオンはマチルダを守り抜きあっち側とこっち側の激しい葛藤から救い出したにも関わらず、あっち側の世界の人間であるスタンの凶弾に倒れてしまうことだろう。レオンが倒れる直前に暗い玄関から見る外の明るい世界はレオンとマチルダが夢見た理想郷の象徴であり、その明るい光を目前にして倒されてしまうさまは、理想郷の完成は永遠に達成されないことを意味するものなのだろう。完成されない理想郷を目にしたレオンは最後にスタンに手榴弾をプレゼントする。こっち側の人間はその人生の最後の最後まで抵抗によってしかあっち側の世界に意見を具申することができない。そこが悲しいのだ。理解だの和解だのが通用しない相互理解の不確かさが悲しいのだ。

この作品が今でも新鮮で古さを感じさせないのはこのあたりにあるのではないかと思う。そしてそれはまた、現在においても解決されない問題として横たわり続けているのだ。大変な傑作だと思う。

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2008/10/15

眠狂四郎 悪女狩り

もちろん市川雷蔵主演のあの狂四郎だ。

この作品は狂四郎最後の作品となった作品である。まあ、だれも雷蔵が死ぬとは思っていなかったから、本作にお別れ的な雰囲気はないのだが、後世に生きる者としては何とも特別な目で見てしまう。

さて、本作は大奥の勢力争いに絡む物語だ。これにキリシタンの物語も加わっている。何だか悪党がてんこ盛りでピントがぼけている感じがしないではないのだが、でも雷蔵だからまっいいか。

今の基準から言えば駄作なのかもしれない。キリシタンがらみのところなんぞ、想像力がたくましすぎて正直ついていけない。悪党の造詣もある種、漫画的でしかも今日の漫画でも描かれないようなわかりやすさだ。現代の観客は複雑ですなぁ。しかも偽物の狂四郎演じる悪党があっという間に切られちゃうことがすぐに想像できる。

やっぱり雷蔵はかっこいい。クールでニヒルな感じが良いですなぁ。自分のカラーにない人物だから余計にそう思うのかもしれない。それでもって当時の女優さんのきれいなこと。今の女優なんか目じゃないね。

しびれるぜ、円月殺法!!

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HITMAN

DVDで観た。

何とも芸のないタイトルではある。出来の悪いヤクザ映画のようではないか。ヒットマンって。そりゃないよ。しかしこの作品、なぜ僕がDVDを買おうと思ったかというと、劇場の予告編に惚れたからだ。実にスタイリッシュでしびれるような感覚だったことを覚えている。

ストーリーは語るほどのものではない。ごく控えめに言えば、ありきたりというべきか。主人公の”47”は名前もなく幼いころに秘密の施設に収容されて、そこで訓練を受けた。とあるミッションでロシアの大統領を暗殺するのだが、これに失敗する。”47”を雇っている秘密のエージェントは彼を見捨て・・・・、でもって彼と関係する美女が現れ・・・・、逃避行のようなことをやり・・・・、でも復讐心に燃える彼は・・・・。もういいだろう。ストーリーを追うことにはさほど意味はない。

演じている役者が何とも魅力的だ。主人公”47”は恐ろしく冷静で感情に流されることなく、無表情で任務を遂行する。イイ。非常にイイ。男の一つの理想形なのだ。うーん、あのガンアクション俺もとかってつい思ってしまう。

ヒロインの女の子の儚げもいい。ある時は弱弱しく、ある時は勝ち気でじゃじゃ馬で。時に冷静な男を惑わす。いいねぇ。理想形だよ。こういう女の子と一晩を過ごしたいとつい思ってしまう。実際にいたらうざいだけだと知っているにも関わらずだ。

そういう役者が映っている映像が美しくないはずがない。実にスタイリッシュで都会的なセンスなのだ。衣裳の一つ一つ、ライティング、ピカピカ光るシルバーの銃。田舎に不似合いなアウディ。文句なくカッコいい。

いわゆるいい映画ではない。ストーリーも途中でぐだぐだになるが、画面から漲る緊張感と、美しく計算されつくした映像には一見の価値ありの映画ですな。

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田村はまだか

「田村はまだか」というタイトルに惹かれて買った。だってこんなに個性的なタイトルがあるか?「田村はまだか」何も伝えていないように見えて、でも何かがこの本の中に詰まっているような気がしないか?タイトルだけで買いを決めた。他に理由などない。

読んでみたら傑作だった。小学校の同窓生の男女、40歳になった五人が遠方に住んでいる田村の到着を待っている。その一人一人にまつわるエピソードの連作短編集になっているのだが、いやはや素晴らしい作品もあったものだ。

全部で6話の短編に隙がまったくない。どのエピソードも印象深いが、僕は第二話「パンダ全速力」が好きだ。新米サラリーマンとなんだかつかみどころのない先輩社員の関係をユーモラスに描いた話なのだが、なんだかこのエピソードのラストは切ない。切なさなど感じようがないエピソードなのになんだか切ない。すきだなぁ。この話。何だか苦味も感じる。人生とはこういうものなのだろうかとふと考え込みたくなる話になっている。

作者の朝倉かすみという人を僕は知らなかったが、一発でファンになってしまった。何だかとらえどころのない文章になってしまったのだが、よき作品を前にするとこっちの文章がなまくらになってしまう。とにかくよき小説だから、読んでみてくれ。頼む。

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2008/10/08

のぼうの城

なかなか売れているらしい。帯には10万部突破の文字が躍っているし、スピリッツでこの小説を原作にした漫画が連載開始になっている。おそらくは映画にもなるだろう。

はじめに言っておくがつまらないということはない。ちゃんとスペクタクルがあり、男同士の友情や淡い恋心も描かれている。面白さ満載なのだが、妙に心に残らない。何故なんだろう?

人物の造形があまりにもありふれているからかもしれない。主人公たる成田長親の描き方方、石田三成の描き方がなんだかつまらないのだ。

関東北条家の一支城の城代たる、成田長親は普段は凡庸で城下の農民にまでのぼう様と言われる人物だ。のぼうとは木偶の坊の略だ。それが秀吉の関東攻略の大軍に囲まれる。ここまで書けばわかるだろうが、そしてなんとなく予想はつくのだろうが、危機に陥る城を長親は見事な統率力でもって対処していく。

一方三成は豊臣家の若き官僚として武功を立てることに邁進する。曲がったことが大嫌い。そんな三成がこの攻城戦に求めたことは人間は銭や武力で誇りを失わないということを確かめること。良き好敵手にそれを求めることである。

実に既視感に溢れているではないか。そんなに単純か?意地の悪い突っ込みも入れたくなる。さらに悪いのはこの作者は司馬遼太郎にあこがれがあるのだろうか、ストーリーの間に豆知識的な予断を挟み込むことだ。物語は緊密性を持たなければならないと僕は信じているのだがそれをズタズタにする行為は作家として厳に慎まなければならないだろう。予断を挟んでなお物語の緊張感を維持できるのは司馬ぐらいのものなのだ。

もちろん見どころはある。水攻めにされ突風のように襲いかかる城の描写は写実的で素晴らしいものだ。開戦を決める長親の描写は格差社会の現代にかなった文章だろう。だがそれにしても陳腐だ。期待が大きかったがゆえにがっかり感もひとしおとなってしまった。残念な作品ではある。

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2008/10/03

久々の投稿

久々の投稿となるのだが、かといって何か変わったことを書くということでもない。この数カ月さぼっていた映画の感想文をやたら短い文章で書こうというだけである。

この数カ月で見た映画は次の4本だ。

イースタン・プロミス

クローネンバーグ監督作品でなかなかのヒット作だと聞くが、今にして思えば不完全燃焼の感は否めない。基本的にギャングの話なのだが、もう少し深い掘り下げがあっても良かったかなとも思う。だが、名匠の手になるだけに手堅くまとめたという感じか。

ザ・ハプニング

M・ナイト・シャラマン監督作だがこの人は完全に終わったな。危機と恐怖の密接なつながりがなく、すべての描写が単発でそこに存在している感じだ。物語が物語の体をなしていず、破たんしてはいないもののさりとて、うまくまとめたというものでもない。シックス・センスのすごさから比べると目を覆いたくなるような作品になっている。

バットマン ダークナイト

俳優に救われた作品だと完全に言える。ジョーカー演じるヒース・レジャーのキレキレの芝居が素晴らしい。話の筋としてはありがちでありふれた感は否めない。残念なのはバットマンの秘密基地の描写が簡素になってしまったことだろうか。あっと言わせるすごさが消えてしまっていた。大金持ちの御曹司が金にならないことをするから意味があるのにと思うのだが。

ぼくの大切な友達

フランス映画。取り立てて述べることもない作品ではあるが、ひとつだけ。理念が先行する映画は退屈だということ。作者のあからさまな意図が観客に見抜かれるようではうまくない。

以上が劇場で観た映画だ

次はDVD。

Vフォー・ヴェンデッタ

ウォシャウスキー兄弟作品。期待はずれ。もはや何も言うことはないが、自らが設定した世界観を使いこなせていない。かなり特殊な世界を描いているつもりだろうが、ファシズム的な世界観を見慣れた現在の観客にはなんていうこともない作品だ。もう少し勉強が必要なのではあるまいか。

ナイト・メアービフォアー・クリスマス

言わずと知れたティム・バートンの傑作。ストップモーションアニメを現代によみがえらせた作品だ。非常に寓意に充ち溢れ何度も見たくなるような作品に仕上がっている。ここでつまらぬ論評をしてはいけないのだろう。もう一度見てからきちんと感想を記したいと思う。

以上

久々の投稿でした。

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