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2008/05/07

ノーカントリー

正直に告白しなければならない。僕はこの作品について語るすべを持たない。何となれば、理解できなかったのだ。人物と人物の相関とその意味、作品全体の世界観。何を持っても理解できないことばかりだ。

3人の登場人物、保安官、殺し屋、金を持って逃げる男。この三人は僕の解釈では、それぞれに何かを象徴しているのだろう。殺し屋は神と悪魔が表裏一体となった存在。他人の意見には耳を貸さず、己の行動規範のみが判断の基準となっている。金を持って逃げる男はその神あるいは悪魔に翻弄される人間を象徴している。己の判断を信ずるものの、神の前ではその知恵は児戯に等しい。保安官は牧師のような存在。神の御前における人間の浅はかさを諭し、正しき教えに導こうとする。映画では金を持って逃げる男を警察の手によって保護しようとする。

この映画で印象的なのは、運命についてのくだりだろう。保安官が金を持って逃げる男の妻に語りかけるシーンだ。食肉牛を殺す屠殺場で暴れる牛を銃で殺そうとしたら、狙いが外れて弾丸が壁に跳ね返り銃を撃った人の肩に命中したというあのシーンだ。おそらくあのなんでもないようなシーンにこそ、この映画のもっとも感情的な部分が露出していると思う。

何が起きるかわからない。そう訴えているのだ。神ならぬ人の知恵など取るに足らないものだといっているのだ。神のごとき殺し屋も映画のラストで交通事故にあうという意外なおちが待っていた。運命に抗いあわよくばそれをコントロールしようとする人間の傲慢で救いがたい増長ぶりが人間を破滅に導くのだ。

深く静かに語られるこの映画は確かにコーエン兄弟の傑作だろう。日常の裂け目に現れる過酷な運命にとらわれ身を焦がし苦悩する人間の姿が丹念に描写されている。もう一度見なければいけない作品であるといえる。

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コメント

http://riekko.269g.net/

なんとか復活しましたよ
北さんは 自動的に お気に入りです!笑

投稿: りえ | 2008/05/08 15:19

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