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2007/11/01

スターダスト

クレア・デインズ主演作ではあるのだが、日本ではどうなんだろう。彼女はイマイチの知名度しかないかもしれない。日曜の昼の回に行ったが、客席はそれほど埋まっているという印象ではなかった。

さて、感想をありていに言えば、死がこれほど軽んじられている映画もない。一言でいえば不愉快な映画だ。

死ぬ人間の数が多すぎる、しかも下らぬ死が多すぎる。2時間あまりの中でいったい何人の人間が死んだのか、いちいち数えるのも憂鬱になるくらいだ。

そりゃ、映画にはさまざまなタイプがあるから、チャンバラ映画や、戦争映画ではこの映画の死者の数よりもっと多くなる。しかしだ、これらの死には何らかの意味が付されているものだが、この映画の死は実際下らぬ。人間の欲望を丸出しにした、そんな死しか描かれていない。したがって観ている者は非常に不愉快な気にさせられる。死がストーリーの都合に合わせて置かれているような、非常に粗雑な描写なのだ。

加えて、ストーリーの運びの手際の悪さは否めない。様々なシーンが出てきて、それはそれで目には楽しいのだが、ただそれだけなのだ。シーンをただ漫然とつなげただけでは観客には訴えるものがない。

さらに言えば、期限というリミットを設定しているのだが、切迫感がない。主人公は愛する女性に、流れ星を一週間後の彼女の誕生日までにプレゼントするという約束で村を出て旅に出るのだが、この主人公がその流れ星の女性に恋をするだからいただけない。別に期限までに愛する女性のもとに戻る必要性がまったくなくなってしまったのだ。一応はセオリーどおりに村の女性の所にまで戻るのだが何のために戻ったのか説得力がない。設定が間違っているのだ。

さらにいえば、現代的な女性像を示したつもりの流れ星の女性だが、その価値観は実に手垢にまみれている。この女性は勝気で主張すべきところはしっかり主張するという形で描かれ、主人公の青年の気弱さと対比されているのだが、ちっとも面白くない。魅力が一つも感じられない。あまりにも凡庸すぎるのだ。

駄作と評してよいのではないかと思う。救いはロバート・デ・ニーロの怪演とミッシェル・ファイファーの妖艶な美しさだろうか。彼ら二人がいなかったらこの映画は救いようがなかったことだろう。その程度の映画だった。

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