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2007年10月

2007/10/27

「普通がいい」という病

どうしてこの本を読んだかというとただ単純に雑誌に書評が載っていたからというものだ。格別深い理由はない。普段からこの手の本は読まないようにしている。ある種の甘えが見えるような気がして虫唾が走るのだ。

だがしかし予想に反してなかなかの良書であった。精神科医が書いた、自分というものをきちんと持ちましょうという感じの本であるのだが、その境地にたどり着くまでの過程が実によく書かれている。

なかなか単純には消化できないでいるのだが、おそらくこの本のもっとも良い点は孤独をきちんと評価しているところだろう。孤独と向き合うという一般的な評価ではなく、孤独から愛が導き出されるということをきちんと書いている点がいいと思う。もっとも僕と作者が違うのは愛が導き出された後なのだが。

作者は愛が導きだされたあと、愛とは相手が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ちであると定義するが、僕は愛とは身も心もすべて相手に捧げ拝跪することだと思っている。したがって後半になればなるほど作者と僕の乖離は広がるばかりなのだが。

だが、だからといってこの本をけなす理由にはならないだろう。この本の内容もまた真実なのだと思うから。

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エヴァンゲリヲン新劇場版:序

なんと言いますか・・・。

実のところこの作品のテレビ版はインターネット配信で済ましてしまった僕。特に思い入れはなく、なぜ今さら?という感慨しかありませんな。だいたい鑑賞後2週間近くもブログに投稿せずほったらかしだったし。

いや、確かに面白いと思うのですよ。テレビ版は確かに売れる要素満載でしたな。すぐに続きを見たくなる、そんな稀有な作品作りが為されていたと思います。しかし映画は・・・。

現実問題として、テレビ版に目を通していないと初見の人はこの作品のストーリーを追うのは非常に難しいはず。約2時間の短い時間に非常にいろいろなストーリーをぎゅっと詰め込んだ気がしないでもない。ありていに言えばいくつかのエピソードを落としてもかまわなかったのではないかと思います。テレビ版ではいろいろなキャラクターの視点を盛り込む余裕がありましたが、映画ではそれは無理な話で、もう少し脚本を練らないとこのまま完成度の低い作品として名を残してしまいます。映画版では主人公シンジの視点が中心に描かれていておそらくは製作者達の意図もその辺にあったのではないかと窺うことが可能ですが、それでもその視点が何らかの力によって引っ張られている印象を与えている。観ていて、忙しくなんだか落ち着かないそんな印象の作品でした。

やっぱり再映画化はしないほうがよかったんじゃないか?そんな感想を持った一本でした。

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2007/10/12

あかね空

映画を先に観て小説を後から読むパターンである。しかも映画から半年ほど経ってからの読書はなかなかにいい。映画の印象が程よく消えているから余計な雑念が消える感じだ。

さて、直木賞受賞作でもあるこの作品は面白いの一言だろう。映画と同じく家族の崩壊と再生を描いているのだが、やはり直球勝負のすがすがしい仕上がりだ。

構成が面白いと思った。本書の3分の2は永吉とおふみのことに終始するのだが、最後の3分の1はその子供達の物語である。永吉とおふみのすれ違いを夫婦の視点で見せておいてから、その隙間を埋めるかのように子供達の記憶の中の夫婦が描かれている。夫婦が思い描いていた子供の心理と実際の子供の心理の食い違いを見せる手法は鮮やかであるかもしれない。もっとも構成を二つに分けるのは相当の熟達した技量がないと無理なのだと思う。破綻なく物語を練り上げていけるこの作者の腕のよさに驚く。

ただ、人情ものというカテゴリーはどうなんだろう?僕自身の好みのみでいえばそれほど面白いとは思えぬカテゴリーなのだ。とくに傳蔵と子供達の対決シーンはやはり小説で読んでも気持ちが萎える。あのシーンをとってしまえたらいいのにと思ってしまう。オチのわかる作品というのはちょっとなぁと思ってしまった次第だ。

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2007/10/07

雷蔵、雷蔵を語る

この本の裏表紙には「雷蔵が自身の言葉で著した唯一の著作」などと書いているが、実際には雷蔵の後援会(今で言えばファンクラブといった方が妥当だろう)会報に載せた自身の近況報告を集めたものに過ぎないと言える。したがって自伝的なエッセイを期待する人には不向きな本であるかもしれないが、近況報告が中心であるがゆえに時代の息吹が意識せずに織り込まれて時代背景がよくわかって面白い。昭和30年代を知らぬもの、具体的には高度成長期を知らぬものには新鮮な驚きを与えてくれる本だ。

本を読んだ第一の印象は非常に生真面目な雷蔵の姿だ。所属映画会社に対する責任を自覚する一方、忙しすぎる撮影に疲れ、一つの作品を腰をすえて作りたいという意識が垣間見える。テレビの黎明期にあって映画産業が斜陽に向い始める丁度その時を雷蔵は生きていたわけでその苦悩する姿がのちの時代を生きる僕らにある種のライブ感を与えてくれる。時代のダイナミズムとでもいうのだろうかそういったものを感じさせる本だ。

それから生真面目な雷蔵の姿として、一人の人間の生き方を真摯に考えているところが非常に面白い。特に結婚に関する考察は興味深く、また微笑ましい。「立派な家庭を築きたい」と語る雷蔵の姿には現代人とは少し違った感性があるように思えてならないのだ。おそらく今の人は「楽しく、暖かみのある家庭を築きたい」語るのではないか。そこには昭和30年代の人と現代の人との意識の違いが巧まずして織り込まれているようだ。雷蔵の時代は敗戦から立ち上がり高度成長期を迎えて、世界に羽ばたいてやろうという、司馬遼太郎風に言えば「坂の上の雲」を掴もうとする時代の感覚があった。「立派な家庭」もまた、坂の上の雲を掴もうとする過程に織り込まれている事象なのだろう。しかし成熟した社会に住むのちの時代の我々は坂の上の雲を掴んでは見たものの、そこには必ずしも幸せはなかったというある種の落胆がある。落胆は家庭という概念の位置づけを変え、癒しや安らぎを家庭に求めることとなったが、外の世界で傷付き疲れ果てて家庭に戻ってくる人々は家庭の崩壊を目の当たりにすることも珍しくないのだから悩みは深いといえる。おそらくは家庭に属する人々全員が傷や疲れを自覚し、それらを家庭に持ち込むことで家庭に包容力がなくなっているのではないかと思う。安らぎの場所が傷の持ち寄り所になったのだから致し方ないではないか。そんな風に僕は思っているのだが・・・。

驚いたのは雷蔵の海外旅行のくだりである。彼の海外旅行はアメリカだったが、この時代海外では日本ブームが起きていたのだ。こんなことがこの時代に起きていたとは驚きだった。時代劇が中心になって海外にたくさん輸出されていたらしいがそんなムーブメントがあったなんて知らなかった。現在アニメを中心にして日本の映像コンテンツがたくさん輸出されているが、その露払いがこの時代にすでに行われていたのだ。道理でハラキリが英語になるわけだ。日本文化が世界で愛されるのは昨日今日始まったことではなく長い歴史のもとに行われてきたのだ。ということは、この後に起きたやくざもののブームなんかもきっと海外に輸出されてそれなりのムーブメントが起きたのかもしれないなと想像する。そう考えれば日本は一定期間ごとに日本ブームを海外に巻き起こしていたのだからこれは凄いことだと思う。世界中を沸かせ続ける日本って一体・・・!韓流ブームなんかが世界的にみれば非常にローカルなムーブメントに終わった理由がよくわかろうというものだ。

しかし当時のスターさんというのは忙しいですな。超人的な仕事量をこなしている。雷蔵は一年間に12本も映画を撮ったというのだから、すさまじい量だ。毎月雷蔵の映画が封切られるのだから。今じゃ考えられない。毎月キムタクの映画やドラマなんて考えられないよなぁ。

雷蔵は儚げな感じを映画の画面の中では見せているが、その実像の一端が垣間見えて面白い。ただ儚げなのではなく、非常にまじめで将来の映画界を憂いていて、家庭においてはよき父親、夫であろうとした人なのだ。雷蔵の立体像を見た気がする本ですな。よきファンであろうとするならば読んでおくべき本であるかもしれませんぞ。

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2007/10/01

Eternal Princess 白鳥百合子写真集

いつも、いつも書くけれどファンでなかったらこの作品は手に取らなかったろう。ファンであることの不思議なご縁というものを感じずにはいられない。

さて今回はスチールである。DVDもついているのだが、それはまたの機会にするとして今回はあくまで写真集としての感想を書いてみようと思う。

ムック本であるため前作のように装丁が豪華であるわけではなく、しかも表紙に堂々とサブラのロゴが入っているのを見ると、なんだかがっかりしてしまう。仕方のないことなのかもしれないが、夢の世界に没入したいと感じる向きには不評かもしれない。

ところが、中を開けてびっくりである。完成度が高い。特に表紙とそれに続く最初のボンテージ風な衣装を着た写真は脱帽だ。背景が曇天でしかも小雨が降っているため、陰鬱な雰囲気が良く出ている。とくにページをめくって見開きのボンテージファッションを着て寝転がってこちらを睨むような写真はベストショットだろう。僕はこれを一番に推薦する。

全体的に作りこみが良く為されている写真集だろう。前作では故郷宮城での撮影された写真が含まれていたくらいだから、どちらかといえば素を元にして作りこんでいこうという意思が読み取れたが、今回は完全に別物である。新たな側面を見せていこうとするよりはむしろ、完全にイメージをゼロから作っていこうとする意思が読み取れるのではないかと思う。野心的な作品集に仕上がっていると思う。

露出度はかなり高めだが、先述のとおりの作りこみ具合であるため、色気というものを感じさせるのもが少ない。つまりエッチっぽくない。白いセーターを着た写真に僕は一番の色気を感じた。どちらかといえばかっこよさを感じさせるものがおおい。赤いホットパンツをはいた写真はほのかなかわいらしさや少年っぽさを感じさせ、サスペンダーをつけた写真はシャープさを感じさせるものだと思う。

衣装に合わせてメイクや髪形を丁寧に変えているのも質の高さを感じさせる良いものだ。必ずしもすべてが成功しているわけではないが、その仕事振りは評価に値するものだろう。

よくぞ短い期間でこれだけのものを作ってくれたと思う。白鳥さん本人をはじめスタッフの皆さんに敬意を表する。

ところで、やはり白鳥百合子というのはいい素材ですな。

非常によい買い物をしたと思っている。DVDの方はどうなっているんだろう?早く時間を見つけて見て見たいと思う。

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