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2007/04/16

ペンギンの憂鬱

一読して思うことは訳者のあとがきにもあるように村上春樹を思い出させる風味を持った作品だということだ。さらに言えるのはロシア文学といえば重厚さを思い起こさせるがこの作品にはそんな姿はまったくない。ありていに言えば軽やかであり、キュートでさえあると思う。

主人公は売れない小説家だ。短編ばかりを書いていて、いつか長編を書いてみたいと願っているがこれまで長編小説を書いたためしがない。彼はペンギンと暮らしている。動物園から貰ってきたのだ。彼らは2DKのアパートで慎ましやかに暮らしているが、ある日主人公が新聞社から死んでもいない人々の追悼文を書くという仕事を頼まれたことから二人の生活は奇妙な歪みを見せ始める。

この作品を不条理と表現することはたやすい。しかし僕はこの作品は不条理という言葉で表現するほどにはたやすいものではないと思うのだ。

なんとなればこの作品には不安が満ちている。それは自己の存在の不安のみでなく愛してもいない他人と行っている家族ごっこ、親切にしてくれる友人の見送りにも行かないこと、老ペンギン博士の孤独な死。主人公を取り巻く人々はたくさんいて一見するとちっとも孤独ではないのに彼は孤独なのだ。主人公の周りにはたくさんの愛があるのに主人公はその愛を受容できない。受容すべき感覚の欠如がこの物語の核をなしていると思うのだがどうだろう。

またこの主人公は流れに任せてばかりの主人公だ。新聞社からの仕事の依頼にしても、幼い子を預かる羽目になったことも。ほとんどすべての事柄について彼が彼自身の決断で決めたことなどほとんどない。例外はベビーシッターを雇うと決めたことと、郊外に別荘を買うと決めたこと。もっとも別荘は買うことはなかったけれど。

流れに任せてばかりで主体性のなさが不気味な陰を引き寄せてしまう。生きている人間の追悼文を書く、そしてそれが何だかわからないうちに本当にその人物が死んでしまうというこの物語の最大の仕掛けは、主体性のなさがあって初めて成立するものだろう。そしてその問いかけは非常に重たいものかもしれない。なんとなればこの物語において主人公は自分の存在や安全を他人に預けているからだ。それはとりもなおさず生殺与奪の権を他人に預けているということに他ならない。そしてそれは主人公だけでなくこの物語を読んでいる読者たる我々も同じであるだろう。主人公は物語の最後、自分の追悼文を読みそこから逃れようとすべてを捨てて、南極行きの飛行機に乗り込むことになるのだが、主体性を取り戻すために文明の社会から逃れなければならないという皮肉な事実を暗示しているのだと僕は思うのだ。現代の病理の根深さを感じさせる。

なかなか味のある小説だと思う。この微妙な感覚はわからない人にはわからないと思う。そしておそらく2度目を読んだら、一度目とは随分違う印象を与える小説だろう。素直に面白いと思える小説だ。

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