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2007年4月

2007/04/25

隠し剣 鬼の爪

山田洋二監督の時代劇第二弾作品である。DVDで見た。

どうでもいいが、画面が両側切られていた。見やすいといえるとは思うが、映画ファンとしてはなんだかなぁとぼやきたくなる処置ではある。

話の筋についてはいいだろう。既公開作品であるし、それに公開されてから何年も経っている。今頃見ている方がどうかしているのだ。

この作品には二つの貫通する流れがあるだろう。一つは近代との相克である。もう一つは古い男の生き方であろう。

時代背景は幕末であり、主人公は近代兵制に遭遇している。すなわちイギリスから渡ってきた大砲の習得に仲間とともに明け暮れているが、戸惑いを隠せないでいる。こんなものが必要になる時があるのかという思いとともに、武士たるものはという古い観念を捨てきれないでいるのだ。作品の中盤に主人公の母親の法事のシーンがあるが、そこで一族の長老に刀や槍で戦わない戦などけしからんと怒鳴りつけられるがろくに言い返せない主人公の姿は古い観念を捨てきれないでいることをよくあらわしているだろう。

そして何よりも最後の決闘シーン。このシーンではかつての道場仲間と戦うのだが、この仲間というのがまさに近代を生み出そうとして夢破れた男である。その男と近代に触れて戸惑いを覚えている主人公が斬りあいをするのだから皮肉なことではないか。主人公は男を斬ることに成功するが、止めを刺したのは西洋から伝わってきた最新式の銃である。主人公は森に潜む暗殺者達にやめろと叫ぶが近代の圧倒的な力の前にはむなしい響きにしかならない。

そんな主人公だからその生き方は古い男の生き方になってしまう。頑固で不器用で感情の表現が下手くそで、まっすぐで、でもやさしいというような。好いた女のために悪評が上がるのもかまわず、助けに行くような不器用さ。老獪な家老に対する怒り。古い男であるがゆえに悲しみのすべてを背負い込まなくてはならない主人公が最後に呟く言葉が「このむなしさはなんだろう」である。時代のうねりのただ中にいて己の小ささを自覚しないではいられない無念さがにじみ出ているようだ。

良い映画を見たと思う。劇場で観ておけばよかったと後悔させられるほどに。

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2007/04/16

ペンギンの憂鬱

一読して思うことは訳者のあとがきにもあるように村上春樹を思い出させる風味を持った作品だということだ。さらに言えるのはロシア文学といえば重厚さを思い起こさせるがこの作品にはそんな姿はまったくない。ありていに言えば軽やかであり、キュートでさえあると思う。

主人公は売れない小説家だ。短編ばかりを書いていて、いつか長編を書いてみたいと願っているがこれまで長編小説を書いたためしがない。彼はペンギンと暮らしている。動物園から貰ってきたのだ。彼らは2DKのアパートで慎ましやかに暮らしているが、ある日主人公が新聞社から死んでもいない人々の追悼文を書くという仕事を頼まれたことから二人の生活は奇妙な歪みを見せ始める。

この作品を不条理と表現することはたやすい。しかし僕はこの作品は不条理という言葉で表現するほどにはたやすいものではないと思うのだ。

なんとなればこの作品には不安が満ちている。それは自己の存在の不安のみでなく愛してもいない他人と行っている家族ごっこ、親切にしてくれる友人の見送りにも行かないこと、老ペンギン博士の孤独な死。主人公を取り巻く人々はたくさんいて一見するとちっとも孤独ではないのに彼は孤独なのだ。主人公の周りにはたくさんの愛があるのに主人公はその愛を受容できない。受容すべき感覚の欠如がこの物語の核をなしていると思うのだがどうだろう。

またこの主人公は流れに任せてばかりの主人公だ。新聞社からの仕事の依頼にしても、幼い子を預かる羽目になったことも。ほとんどすべての事柄について彼が彼自身の決断で決めたことなどほとんどない。例外はベビーシッターを雇うと決めたことと、郊外に別荘を買うと決めたこと。もっとも別荘は買うことはなかったけれど。

流れに任せてばかりで主体性のなさが不気味な陰を引き寄せてしまう。生きている人間の追悼文を書く、そしてそれが何だかわからないうちに本当にその人物が死んでしまうというこの物語の最大の仕掛けは、主体性のなさがあって初めて成立するものだろう。そしてその問いかけは非常に重たいものかもしれない。なんとなればこの物語において主人公は自分の存在や安全を他人に預けているからだ。それはとりもなおさず生殺与奪の権を他人に預けているということに他ならない。そしてそれは主人公だけでなくこの物語を読んでいる読者たる我々も同じであるだろう。主人公は物語の最後、自分の追悼文を読みそこから逃れようとすべてを捨てて、南極行きの飛行機に乗り込むことになるのだが、主体性を取り戻すために文明の社会から逃れなければならないという皮肉な事実を暗示しているのだと僕は思うのだ。現代の病理の根深さを感じさせる。

なかなか味のある小説だと思う。この微妙な感覚はわからない人にはわからないと思う。そしておそらく2度目を読んだら、一度目とは随分違う印象を与える小説だろう。素直に面白いと思える小説だ。

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2007/04/11

白鳥百合子写真集 リリーホワイト

以前に書いた記事を手違いで消してしまった。ショック!

どんなことが書いてあったかまったく思い出せない。仕方のないことです。

でも力作の写真集ですよ。きれいな我らが白鳥さんを堪能できる一冊です。

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2007/04/10

東映ヒロインMAX

白鳥百合子のファンになっていなければ絶対に手に取ることのなかった代物である。

体裁は雑誌というかムック本というか。

白鳥百合子のインタビューおよび写真が数ページに渡って掲載されており、他にも仮面ライダー電王に登場する松本若菜、秋山莉奈のインタビューと写真が掲載されている。ただこの雑誌のメインというわけではなく、仮面ライダーのちょっとした宣伝もかねてという控えめなものだ。

アイドル本としても読めるがそれだけではない。この本はなかなかマニアの心をくすぐる出来栄えとなっている。

メインは獣拳戦隊ゲキレンジャーだろう。この作品がメインとなって構成されている。僕らが子供の頃夢中になって見た、あのゴレンジャーの流れを汲む作品であるらしい。伊藤かずえ(そう、あの伊藤かずえも獣拳戦隊ゲキレンジャーに出演しているのだ)のインタビューにも出ていたが、昔とは随分様変わりしているらしい。なにせ戦隊側が5人じゃないらしいのだ。久々にそういったことを目にすると隔世の感がするとともに自分の歳を感じずにはいられない。

まあ、そのあたりはおいておくにしてもこの本が丁寧に作ってあるなと感心してしまうのは、そのインタビューの質と量である。出演女優だけでなく、制作プロデューサー、脚本家、振り付け、中に入って戦う人(スーツアクトレスと言うらしい)などなど非常にたくさんのそして幅広い人々のインタビューが掲載されていることである。これらのインタビューを読むとその製作の背景がわかってなかなか面白い。とくにメインライターの横手美智子、チーフプロデューサーの塚田英明のインタビューは実に読み応えがある。子供相手の番組とはいえ、その企画が成立するまでの産みの苦しみが想像されるのだ。

また、面白いのは特集かもしれない。不思議コメディーシリーズヒストリーと題された特集はロボコンに始まり、バッテンロボ丸やロボット8ちゃん、ちゅうかないぱねま、ちゅうかなぱいぱい、果てはシュシュトリアンまで、実に多彩なそれでいて懐かしいビッグネームぞろいの記事になっている。子供時代に夢中になって見たあのロボット達の各話を思い出せるわけでもないのになぜか甘酸っぱいような気分にさせられるから不思議だ。編集後記にも書かれているが少し足早ではあるものの、ボリューム満点で実に楽しい。そうそうこんなのあったっけと感動することしきりだ。お奨め記事だろう、ぜひ読んで欲しい。

一つ思ったことは出演女優に共通することがこの作品を通して成長できたと異口同音に述べていることだ。それはベテラン俳優のインタビューにおいても若い彼らが日増しに成長するのがわかると述べていることと符合する。よくよく考えればそれは当然のことかもしれない。なんとなれば一年の長丁場である。与えられた役と向き合う期間が長く、じっくりと作品と向き合うことができるということなのだろう。経験の少ない俳優さんにとってみればそれ実に貴重な経験であり、学びの時間なのだろう。日本の映画、テレビドラマにおけるヒーロー物の位置づけを改めて認識させられた次第だ。ヒーロー物というのは一つの学校なのかもしれない。

しかし歴史が長いとはいいことですな。豊穣で厚みのある歴史というのが日本のヒーロー物にはある。それはとても貴重なことなのだ。

ところで白鳥ファンとしては彼女のロングインタビューが読みたかったりする。同じシリーズで仮面ライダー電王の特集記事やってくれないだろうか?っていうかもう既にあるのだろうか?

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2007/04/04

バッテリー 映画版

いつか映画になるに違いないと思っていたがとうとう映画になってしまった。原作を僕は3巻までしか読んでいないのに!

日曜日に見たのだが、中高生が圧倒的に多かった。公開してからだいぶ経つというのに、客席は8割方埋まっており、根強い人気があることを窺わせる。

見た感想というのは、非常にまじめに作った映画だということだ。そのことが映画に堅苦しさを与えはするものの、主役である原田巧と永倉豪のさわやかさに救われていて、良い映画に仕上がっていたように思う。

やはりこの映画は主人公巧に負うところが多いのだろう。彼は孤独で有り余る才能の持ち主ではあるが、しかしその一方で不安で寄る辺ない寂しさというのも感じている。永倉豪という初めて心を許しあえるキャッチャーと出会うことで彼は大きく変わっていく。

陳腐な言葉だが友情というものの芽生えがここにあるのだと思う。

何だか30過ぎたおっさんには甘酸っぱいような、それでいて苦いようなそんな感情を覚えさせる映画だ。年を取った人間にはやはりこの若い世代というのは眩しい。そしてうらやましい。人生をやり直せたらなどと柄にもなく思ってしまうのだ。

さて主人公巧と豪を演じた二人の若い俳優は素晴らしかったと思う。演技の経験がないそうだ。巧を演じた林遣都はちょっといないタイプの美少年だろう。若い女の子に人気が出そうだ。そして豪を演じた山田健太はまさしく豪ちゃんそのものだった。ぜひとも二人とも末永く活躍して欲しい。

原作読み返そうっと!

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