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2006/11/12

笑いの大学

三谷幸喜の脚本、DVDで見た。

この作品は戦時中の検閲体制ネタにしたもので、警視庁の検閲官と劇作家の壮絶な戦いである。とは言ってもそこは三谷幸喜の作品であるから笑いたっぷりなのだが。

作品の構造はシンプルだ。主要キャストは二人しか出てこない。検閲官の向坂、劇団の座付作家の椿。この二人が取調室という密室で繰り広げるコメディだ。

ろくに笑ったことすらない、冷酷な検閲官向坂は上演の不許可を盾に劇団の作家椿に台本に難癖を次々とつける。ところが椿は向坂がつける難癖を上回る笑いを書いてくる。いつしか向坂の要求が皮肉なことにどんどん台本を面白くする方向に向っていき、終いには二人で台本を面白くしているような錯覚に陥る。

ありがちな、といえばありがちなコメディなのだろう。だが二人舞台で観客を飽きさせない作りの作品というのは見かけほど優しくはない。

基本的にこの向坂と椿に与えられている性格は常識と非常識だろう。椿は常識を表し、観客と同じ目線に立つものだ。常識的に考えて向坂の要求は無理難題で「んな、アホな」といいたくなるようなものである。向坂は非常識の象徴である。この関係の面白いところは非常識のほうに絶大な権限が与えられているということだ。生殺与奪の権は向坂が握り、この権にやられたくないと考えるならば、向坂の要求はどんな無茶でも乗り越えていかなくてはならない。現実の社会では常識のほうが生殺与奪の権を握っているものだが、この作品ではそれがあべこべになっている。常識が非常識を乗り越えていく様に面白さがある。

また、この作品には二人の人物が出会うことによる、変化の様が描かれている。それは成長と評してもいいもので、これはどんな作品にも共通して持っていなければならないものだろう。この作品では笑いを否定する向坂の変化がよく書けている作品だろう。倣岸で冷酷な向坂が頭から否定する椿の笑いの虜になっていく様が面白く、それがあるからこそ両者の邂逅が実に印象的で感動するのだ。

最後の椿の笑いに対する考えの独白は三谷幸喜の芸術観が現れているのだろうと思う。また赤紙による大胆な幕切れはあっと言わせるどんでん返しではないか。こんな形で終わるとは僕は思っても見なかった。

実に面白く示唆に富む作品だといえるだろう。劇場で観ればよかったと後悔している次第だ。

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