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2006年6月

2006/06/14

嫌われ松子の一生

恐らく今年の映画賞を総なめにする作品であろう。今年も邦画は調子がいいみたいだ。

劇場は日曜の午前中ということもあり、若い子が多かったように思われた。しかし他の時間帯ならばどうだったかわからない。おそらく中高年の興味をも引く作品なのではないかと思う。

さて、オープニングからやってくれる。最初の風景のシーンは完全に「風とともに去りぬ」のパロディだろう。また英語のタイトル「MEMORIES OF MATSUKO」が登場するがあれはもしかして「SAYURI」のパロディではあるまいか?そもそもこの作品のタイトル「嫌われ松子の一生」は「無法松の一生」が頭の中にあってつけられたものではないのか?その辺のことを知っている人教えて下さい。

この映画の決定的特長はその色彩感覚にあるだろう。様々な色がまるでごった煮のように画面いっぱいに載せられていて、見る人によっては落ち着かないと評するものであるかもしれない。伝統的な映画の作法からすれば異端といえるのかもしれないがその異端振りが新鮮だと思う。日本人でこのような色彩の構築を行う人がいたとは驚きだ。僕はウォン・カーウェイの初期の頃の作品を思い出してみていたがどうなんだろうか?

内容は男運に恵まれない松子という女性の一代記なのであるが、よくも破綻を見せずに作品を作り上げたものだと感心してしまう。次々に男性が現れるが、映画の構成上短編小説を積み上げるような作り方をしているわけで、新しい男の人が現れるたびに、つまり新しい短編小説に移る度に物語の断絶の危機があるわけで、それをほころびも見せず一気に見せるのは至難の技であったと思う。脚本の力というのを見せられたように思う。

なんといっても松子のキャラだろう。ぶっ飛んでいるというかなんというか。およそ恋愛にまつわる不幸を一身に体現する登場人物なんてなんと珍しいことか。逆光源氏と呼びたくなってしまうのだ(まあ、実際に光GENNJIが出てきたけれども。それは言わないお約束)。松子の愛は全て献身の愛であるが、それは充たされぬ愛への欲求なのだろう。父親の幻影が現れるが、父へ捧げる愛を父ではない男の人に捧げたために起こる悲劇だということができるのだと思う。教え子である龍と付き合うが、この龍との愛がその辺りのことをよく象徴していると思う。龍は年下であり、教え子であり、庇護されるべき人間であると思うのだが、そういう男を愛することは、松子の志向とは著しく違っていると思うのだ。松子が求める愛は本当は庇護される愛であると思う。父親の膝の上で遊んでいる安心感が松子が本質的に求めた愛なのではないかと僕は思うのだ。

さて、松子が悪がきに殴られて殺されてしまうというのは、非常に現代社会を象徴していると思う。あの時松子は教師であった。だからこそ子供を注意してしまったのだ。だが、松子は時代が変化しているということに気づいていなかったのかもしれない。普通の大人ならば、迷惑そうな顔をしてガキどもをよけると思うのだが、それをしなかった松子は時代から取り残されてしまったのだろうと思う。あの場面が物悲しいのはそのためではないかと僕は思っている。

さて、中谷美紀には言及しなければなるまい。実にすごい芝居であった。恐らく彼女の代表作になると思う。まだ見ていないひとは是非見に行って欲しい。絶対に損はしない作品である。

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2006/06/04

佐賀のがばいばあちゃん

けっこう前に発売され売れた本だから知っている人も多いだろう。読みやすく一日で読めてしまう肩のこらない本だ。

文章の巧拙でいえばそれほどうまいものではあるまい、だが、一生懸命書いているのがよく伝わってくるものではある。

主人公は父と早くに死に別れ、母とは離れて暮らす少年だ。佐賀のばあちゃんの家に住むのだが、このばあちゃんが個性的だ。まさにこのばあちゃんの魅力で一冊の本が出来上がっている。

自然体で生きていく素晴らしさを訴えているのだろう。この本が売れたという事実はいまの日本に必要な要素が詰まっているということなのだろうと思う。

ま、そんなとこですな。

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