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2006/02/20

国家の品格

タイトルがいかついので難しい内容の本なのかなぁと思っていたのだがそんなことはない。わずか数時間で読み終えてしまった。

本書の主張を一言で表すならば、「過去の日本の姿を取り戻せ」ということになると思う。武士道を中核とした日本に伝わる精神性(本書の中では情緒と形と表現しているが)が今世界中に蔓延する文明病を救うと考えている。

著者は欧米の文化文明とは論理で築き上げた文化であると断じている。先進国に共通する病理つまり伝統を軽んじ、歴史を振り返らない態度は、人工的に作られた知の体系を重視しその国に独自に伝わる国柄というものを破壊してしまった。90年代から怪物のように暴れまわっている、グローバリーゼーションが効率を追求し最も経済的なシステムを提供しているかのように見えるが、それは世界を均一化しグローバリーゼーションを提唱するアメリカ化をもたらす。ゆえにその国の国柄を破壊し尽くしてしまい、その国の国民が力を失っていくと論じている。

なるほどこの辺りの主張は日本の読者には気持ちのいいものだろう。

この著者の個性的なことは、論理という知の体系、言い換えれば科学というものに全幅の信頼を置いているわけではないということだろう。著者自身が科学者であるにもかかわらず。

著者は論理の重要さは認めつつも、論理そのものに懐疑の目を向けている。あまりに人工的で非人間的だと考えているのだろう。読者にはこの主張は衝撃的な感情でもって迎えられるのだろうが、しかしよくよく考えればこの主張は目新しいものではないかもしれない。

というのも我々は科学の破綻を既に見てきて、歴史的事実としてよく承知しているからだ。例えば経済発展に伴う数々の公害病、地球の環境破壊、核兵器の大量保有による平和。科学とは論理そのものの学問であり、その科学が人間に災厄をもたらしたのだ。

人文科学といってもいい、社会科学と言ってもいい、我々の社会に深く根付いた論理とはこの科学に似せて作ったものなのだ。我々が論理に酔ってしまうのは論理が科学のように見えるからなのだろう。我々は科学が必ずしも人間に幸福をもたらしてくれるとは限らないということをよく知っているくせに、そして科学技術の発展に警戒感を持っている(たとえばクローン技術とか)くせに、社会に蔓延する論理=科学に無条件の帰依をしている。それは滑稽と断ぜざるを得ない。著者はそのことに意識的か無意識的か気付いている。

著者が武士道を梃子にして情緒と形と表現する日本の古来の姿、いうなれば原日本に立ち返れと主張することは面白いと思う。科学の破綻が起きたとき、科学は新しい科学を創造するのではなく、調和を目指して動いていた。社会に巣食う論理に対し、新しい論理を創造するのではなく、原日本に立ち返ることで調和を目指すというのは意義深いことなのではないだろうか?

賛否両論あるだろうが、論理に対する態度を学ぶ上ではこの上なく質の高い良書と呼べるのではないだろうか。一読することをお奨めする。

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