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2005/11/27

大いなる休暇

なぜこれが全国ロードショウにならないのか不思議な感じがする。確かにハリウッド映画のような派手さはないし、誰もが知っているスターが出ているわけでもないのだが、内容にはなかなか味があり、また日本にもこの映画で取り上げられたような問題がそこら中に転がっているのも事実であると思う。共感を得やすい物語だと思うのだがどうだろう?

な~んにもない田舎の島の人々が街の企業を誘致しようとしているのだが、その企業の誘致の条件が医師がいることというものである。ど田舎でろくな産業もなく、貧しい村には医師なんかいるわけもない。あまりの貧しさに島から逃げ出した前町長が町で警察官をしていると一人の医師が検問に引っかかりその医師が島に1ヶ月やってくることになる。

こんな具合に物語は始まるのだが、「島に恋させるのだ」とか何とか言って、必死になって医師をだまそうと芝居を打つそれぞれのネタが面白い。医師の好みを知ろうと盗聴器を仕掛け、クリケットが好きだと聞けば、ルールも知らないのに格好だけ真似て見せてみたり、下手くそ過ぎて魚なんか釣れるわけもないのに、わざと釣らしてやったり、あの手この手で医師を島に定着させようと必死になってだまそうとする。

だが笑いの中に非常に重い切実な問題が含まれてもいる映画だ。無医村の問題、人口減少の悩み、失業保険や生活保護を受け続けてきて誇りを失い、生きる気力を失った人々。必死になって医師をだまそうとする村人の姿は、同時に問題の根深さを映し出してもいるようだ。

だが、僕はこの映画のもっとも訴えたかったことは、この映画を見るであろう街の住人の無関心と、無関心に基く勝手な妄想を抉ることにあったのではないかと感じている。田舎に住まう人々を街に住む僕らはどれほどきちんと知っているのだろうか?ろくに知ろうともしていないのが本当のところではないのか?その上で勝手な妄想をしている。空気がうまい、自然が豊か、人情が優しい、濃密な人間関係、少人数学級で丁寧な教育。いいことずくめの勝手な妄想のみが僕らの頭の中を徘徊しているように思えてならない。本当はそうじゃないのにという過疎の人々のつぶやきは、街の圧倒的な情報量にかき消されてしまう。この作品で医師についた数々の嘘は僕ら街の住人の身勝手な妄想の具現化ではなかったか?作品のラスト、医師は真実を知ることによって島と契約を結ぶ。妄想の中に沈んだままで契約を結ぶわけではないのだ。

笑いの中に非常に考えさせられる内容を含んだ映画であった。っていうか全国ロードショウをすべき作品じゃないのかと思う。

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