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2005/08/26

電車男・テレビ版その8

これだから連ドラの感想を一話、一話書くのはいやなのだ。今週の電車男を見て感じた。

先週僕は次のように書いた。

また、電車の行動もわからない。エルメスに嫌われたのはうそをついたことにあるにもかかわらず、それの答えを脱ヲタに賭けてしまう。問いと答えが一致していない。しかも脱ヲタはエルメスの目に見えないところで遂行しているので、脱ヲタ前と後でどんな変化があったのか、エルメスにはわからずかなり独りよがりな行動といえる。

僕は作者の意図を誤解していたらしい。前回放送で僕は電車がエルメスに嫌われた原因を上記のように書いた。しかし、作者としては作中人物、電車男に答えをわざわざ誤解させたのだ。そりゃそうだ、電車男はエルメスから何の説明も受けていないのだから。視聴者は人物を大所高所から眺めているから、電車の脱オタクは答えではないと容易にわかるが、作中人物はそうはいかないのだ。人物には人物の時間が流れ、環境があり、それは視聴者が知っている(テレビで見ている)のとは全く違う時間であり、環境なのだ。基本事項ではないか。こんなことをもわからないとは僕は耄碌したな。反省である。

で、今回である。前回雨の中ぶっ倒れた電車男はエルメスに病院に連れて行かれる所から始まるが、う~ん、何といったものか?全体的に不可解だ。

まず、陣釜さんが病室にやってくるが、なんだか無理矢理に入れた感じがしてしまったのは僕だけだろうか?本筋とは全く関係ないシーンに思えてしまった。っていうか、これは別の機会に描けばよかったのではないか?そんなふうに思った。

エルメスと連絡が取れなくなり、落ち込む電車男をネットの住人が励まし、必死になってエルメスと連絡を取ろうとするのだが、あろうことか母親と電話で話することになってしまう。そこで電車男は原因は嘘をついたことにあり、オタクに原因があったということではないと気づく。

一方エルメスはその母親に嘘をつく云々より、あなたのことを大事に思ってくれる人がいいとアドバイスされる。

ま、こんな感じのストーリーだったが、どうなんだろう?それぞれの登場人物に葛藤を与えるのは常套手段でありそれはそれで間違っていないように思うのだが、これは葛藤なのか?電車男は最後に自分がオタクであると秘密を暴露するが、これは泣かなければならないほどの秘密なのか?葛藤のレベルが低いのではないか?僕にはそう思えてしまうのだ。だから、こんなことで泣くのか、こんなことで悩むのかと驚いてしまう。葛藤が葛藤になりきれてないのではないか。

電車男の感動の本質は、オタクが女性と付き合うことにあるのではなく、女性と付き合ったことがない臆病な男が、必死になって女性と付き合うことにあるのではないか?だから秘密の暴露はオタクにあるのではなく、女性と付き合ったことがないということにあるのではないか?僕が感じた不可解さは多分こんなところにあるのだろうと思う。

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