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2005年5月

2005/05/30

キングダム・オブ・ヘブン

話題になっているのかなっていないのか微妙な映画。
というのも、エルサレムをめぐる話には
日本人にはなかなかわかりずらいというのがあるのだろう。
ヨーロッパ人、イスラム人にはある種の独特な感慨のある土地なのだろう。
この宗教の都をめぐる争奪戦を日本で公開しても
俳優を見に行くか、戦闘シーンを見に行くかしかなくなってしまう。

ストーリーは最初うちはっきり言ってだれる。
主人公バリアンの騎士になる物語が展開されるのだが
カットしてしまえと思った。
主人公は最初騎士ではないのだ。
突然現れた父に連れられ騎士になるのだが
まず、この父についていく動機がわかりずらい。
亡き妻にひどいことをした地元の司祭を殺して
父の元に走るのだが、この辺の事情がわかりずらく
動機が弱い。
騎士になるのだが
成長物語に一応はなっているのだが
それがこの映画の主眼になっているわけではないので
映画自体が2つに分解してしまっている。
一番よろしくないストーーリー作りではなかろうか?

で、この映画の主眼はあくまでもエルサレム争奪戦なのだが
スカッとしない。
当たり前だ。悪役が存在しないのだから。
本来ならイスラムを悪役にしてこの戦争を描くのだろうが
今日ではそれは難しいのだろう。
この悪役の役をキリスト側のギーにやらせるのだが
これは悪役になりきれていない。
単純な話でこの悪役あっさり負けてしまうのだ。
イスラム側の王サラディンは知的で老獪な王として描かれている。
英雄として描いているのだから、物語がわかりにくくしみったれている。
このサラディンを悪役として描けばわかりやすくスカッとするのであろうが
そういうことができない時代になったのだろう。21世紀はなかなか複雑だ。

主人公は「勇気ある和睦」をするのであるが
これがこの映画の製作者のもっとも描きたかったことなのだろう。
しかしこの結末でいいのだろうか?
エルサレムの平和や命が守られたのは確かだが
それで映画のストーリーとして完結しているのだろうか?
僕は映画というのは悪役をぶっ飛ばすのが本筋だと思っている。
それは余りに単純なものの見方だよと言われるのだろう。
しかし、単純こそが美の本質なのだ。
複雑でわけのわからないものは美しくない。
オーソドックスを否定されるむきもあろうが
しかしこのオーソドックスこそが歴史に残り
人びとの胸を打つ。
単純こそが美しい。
複雑はグロテスクな思考の産物なのだ。
この映画は多分そこのところを間違えている。
だからイマイチな感じがしてしまうのだ。
日本人にわかりずらいのではない。
基本的なストーリーの製作過程を間違えているのだ。
もっともこうしなければならない時代になったのでもあるのが
21世紀の世界情勢でもあるのだ。

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2005/05/12

Shall we Dance

日本版のShall we Danceを見てから
ハリウッド版を見ようと思っていたのだが
なんだか面倒になりいきなりハリウッド版を見てしまった。

ストーリーは日本版とほとんど変わりなく新鮮味がない。
リチャード・ギアはさすがにかっこいい。
しかしくたびれた感は皆無だから
何だかおかしな気分になる。
彼を見ることを目的にしたならば
十分面白い御伽噺なんでしょう。
それからジェニファー・ロペスなんだが
彼女の体を見て、ため息をついてしまった。
相当鍛えているのだろう、筋骨たくましすぎて
これで社交ダンスかよと突っ込みを入れたくなる。
ちっともかわいげがないというのはいいすぎだろうか?
皮肉にもロペス演じる社交ダンスの先生の回想で
ダンスを始めたきっかけになった
美しい女性のエピソードが出てくるのだが
その回想シーンに出てくる女性のほうが社交ダンスに似つかわしい。
客の勝手なイメージで言われてしまうロペスには酷な話だが
ロペスは完全にミスキャストかなと思う。
もっともタンゴとかを踊るシーンは逆にあの筋肉質の体が良くマッチしていたから
良しとするのがいいのかなとも思う。

ストーリーは特に論じるほどのものでもない。
日本版と変わりない。
ただリチャード・ギアのかみさんがバリバリのキャリアウーマンというのは
これからの日本映画にも必要な要素なのだろう。

後半はダレますな。
特にリチャード・ギアがロペスのさよならパーティーに
出るか出ないか逡巡するところなんぞ
さっさとやれといいたくなる。
あそこらへんの処理をもっとテンポよくすべきだったでしょう。

ハリウッドにリメイクされるとういうのは素直に喜んでいいのだろうか?
最近この手のものが増えてきた。
このハリウッド版Shall we Danceがアメリカで完成したとき
監督の奥さんの草刈さんは泣いていらっしゃった、
その映像をテレビで見た。
そのとき複雑な印象を持ったのは僕だけだったろうか?
率直に言えば悔しいというのが僕の感想だった。
日本のオリジナルでは世界の頂点は立てないのだろうか?
リチャード・ギアでないとダメなのか。役所広司の何がいけない。
日本映画はこれから世界を目指すべきで
それには日本オリジナルのものを世界に発信していかなくてはならない。
リメイクされたからといって喜んではダメなのだ。
オリジナルの作品を世界に見せて世界中をうならせなくては
いけないと思うのだがどうだろう?
産業としての映画が今後成長する上で考えなくてはいけないことだろう。
最近ショッキングな知らせを聞いた。
浦沢直樹の漫画「MONSTER]の映画化権をハリウッドが買っていったのだ。
なぜ日本は自前でやらない?
優秀なコンテンツを自前で映像化しないことを恥としなくてどうする。
日本の映画人に奮起を促したい。

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2005/05/09

最近は・・・・

投稿をサボリ気味。
自分で始めたんだからもうちょっと力入れてがんばんなくちゃと思った次第。

連休中は僕はほとんど寝てました。
どこへ行っても人・人・人

冗談じゃないざます。
そんなところへは近づかないほうが無難。
などと思いつつ
しかし天気もいいのにこんなんでいいのかと
自問自答してみたりして。

就職もせんと何してんだか。

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2005/05/06

阿修羅城の瞳

昨日見に行きました。
宮沢りえと市川染五郎の主演ということで
余り期待はしていなかったのだが
この二人すごかった。認識を新たにした。
宮沢りえはもう断然美しい。こんなに美人だと思わなかった。
昔まだ彼女がまだ若い頃そしてパッツンパッツンだったころ
元気はつらつとして底抜けに明るかった頃を思い出した。
近年は妙に痩せてしまって、昔の面影がなくなってしまったように思っていたのだが
どうして、どうして
あの頃の印象を甦らせて画面の中で暴れていたよ。
また、大人になったしっとり感も出ていて素晴らしかった。
いい女性になったなという印象だ。

市川染五郎はあの風貌から
なんだかぼんやりして優柔不断そうで
映画を見る動機付けには弱いなと思っていたが
僕の食わず嫌いとわかった。
とにかくかっこいい。日本的なかっこよさを持った
男だなと思った次第。
キムタクとはまた違った色男で殺陣もうまく
決め台詞を吐く時の姿など絵になるねえ。
一発でファンになってしまった。

その他脇を固める助演陣も良かった。
特に渡部篤郎の切れた演技は素晴らしい。
俳優陣は文句なしの作品ではあった。

映画的なことだが
後半つばきが阿修羅になり巨大化してしまうところ。
何とかならないのか。
この映像作りはもう少し考える必要ありだな。

それから、ストーリーの処理の仕方のこと。
美惨がちょくちょく出てくるがこれはいただけないと思った。
台本作りにおいて恐らく彼女を
狂言回し的に使おうと思っていたのだろうが
余りにちょくちょく出てきすぎるため
そのすべてが説明せりふになってしまっている。
この映画の最大の謎はいかにして阿修羅になるか
そして誰が阿修羅であるかということであるのだが
それを美惨がすべて説明してしまっているためストーリーに
深みがない。
根本的にこういう謎は主人公が自分自身で苦労して
解いていくものなのだがそれを主人公がやらずして
美惨がやってしまっている。
わざわざ余計な狂言回しを設定してしまっているため
観客は主人公に感情移入ができない。
これは明らかな失敗であると言わざるを得ない。
必死で謎を解く主人公がいて初めて
愛し合ってはいけない2人の悲恋という
皮肉な結末の効果があるのにそれを削いでしまっている。
いかに謎を解くか、誰が謎を解くかの選択を間違えるから
後半の盛り上がりが欠けてしまう。
もう少し考えてストーリー作りをしなければいけないと思う。

しかし面白い作品です。
お勧めでもあります。
皆さん見に行かれては?

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