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2005年4月

2005/04/29

武士道

名著といわれる新渡戸稲造の武士道の道徳、及び倫理を
英語で解説した本。
この岩波のものは訳が古いのだが読みづらいということはない。
ただ、前提として欧米の道徳観念は知っておくべきなのだと思った。
これを知らないとちょっとこの本は難解だろう。
かくいう僕もそんな予備知識は持たずに読み始めたため
わからない感じがした。

要するにこの本では新渡戸稲造は
日本にも倫理体系があるということを
欧米に示したかったのだろう。
ともすれば、この時代
日清戦争が終わった直後くらいのようだから
まだまだ欧米の対日観はいい加減なものであったのだろう。
日清戦争に勝利したことにより
新興国日本が欧米人の頭の中に急に
クローズアップされてきたのだろう。
未知の国のイメージは必ずしも芳しいものではなかったものに違いない。
何といっても非キリスト教国なのだ。
欧米にしてみれば何でこんな野蛮な連中がいきなり国際社会に出てきたのだ?
という印象であったに違いない。
そこで新渡戸稲造は日本にも倫理の体系があるのだと示すため「武士道」を
紹介したのだ。
そのことは第一版の序に書いてある。

ここに書かれている武士道をどう考えるか?という問題だが
少々の違和感は感じざるを得ない。
それは時代的なこともあるだろう。
新渡戸稲造がこれを書いたのは明治の中ごろ
現代は21世紀だ。
余りに時代がへだったっている。武士道に関する観念が
変わってきてしまうのもありえる時間の長さだ。

また、新渡戸がキリスト教に基礎を置く道徳観念と
日本の武士道がそんなに違わないものですよと
いいたいために、キリスト教に武士道を合わせているように思える。
特に「愛」を持ち出して、基本道徳を説明しようと試みている
箇所はう~んと唸ってしまう。
ちょっと違うのではないのか?
そういう日本人としての直感みたいなものを感じてしまうのだ。

しかし、全体的に新渡戸の努力と慎重さの後が窺えるのも事実だ。
歴史的な名著でもあり、一時代を築いた作品でもある。
また武士道の説明も極端におかしいというわけでもないので
読んでみるのもいいでしょう。
欧米から見た武士道というのは案外こういうものだと思えるかもしれない。

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2005/04/28

博士の愛した数式の感想文

本屋大賞受賞作品である。
タイトルがよい。昨年この本を本屋で見かけたが
読む時間が全くないのでスルーしていたのだが
今年になってようやく読むことができた。

内容は
交通事故で記憶が80分しかもたない老数学者のもとに
家政婦である私が派遣されてきた。
博士の記憶はちょうど80分しか持たない一本のビデオテープみたいな
もので、私は博士の家に出勤するたびに
靴のサイズと電話番号を聞かれる。
ある日博士は私に息子がいることを知ると
子供を一人にしてはいけないと、ものすごい剣幕で
怒り出す。私は博士にいわれたとおり、息子を博士の家に連れてくる
博士は息子の頭のてっぺんが平らなのを知ると
彼にルートとあだ名をつける。

こんな感じで始まる物語だ。
博士は数学に限りない愛情を注いでいて
読んでいる自分には、滑稽に映りつつもその純粋さに心打たれる。
また、博士の子供に対する愛情の注ぎ方は
小さきもの、か弱き者に対する絶対の保護者ともいうべきで
はっとさせられる。本屋大賞に選んだ書店員の人々はこの辺りに
参ってしまったのではなかろうか?子供に対する大人の態度は
かくあるべしと考えさせられるのだ。
僕はルートが怪我をして病院での場面
三角数の説明をしながら、博士が泣き出してしまう場面が
切なかった。博士が子供を守ってやれなかったという自責の念を
必死で数学の説明で心のバランスをとろうとし、そのバランスが
とれず、泣き崩れてしまうあのシーンは美しく、せつない。

博士が高熱を出した翌朝、背広に付けられたメモを見ながら
すすり泣くシーンも切ない。80分しか持たない記憶という現実に
孤独に対峙するその姿が悲しい。どうすることもできない現実に
たった一人で向かい合わなければならないこの孤独。
これを孤独と言わずして何を孤独といおうか?
このシーンほど胸を打たれるシーンはない。

極めて個性的な博士と平凡な親子の
日常が淡々と描かれている。
一気に読んでしまった本だし、
またそうさせるだけの力のある本だと思う。
お奨め傑作の本です。

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2005/04/24

亡国のイージス

ついに読みました、この本。
今年の夏には映画が公開されるので
その前に読むのもいいでしょう。

その感想文なのだがなんとも書きようがなくて困っている。
上下2巻の作品で規模が大きいということもあるが
その内容も多岐に渡っている。
まず、護衛艦内部の士官と下士官の世界がある。
それから防衛庁の諜報組織の世界もある。
また、事件がおきてからは政府内の世界もある。
非常に多岐にわたる内容を、読者を混乱に入れることなく
書き分けたのはすごいなと思う。

内容は日本版TMD構想に従って護衛艦いそかぜが全面改修を受け
ミニイージスとして生まれ変わる。その艦長宮津は一人息子隆史を交通事故で失った。
もっともこの事故ののち宮津の元を訪れた男によって息子は交通事故ではなく
政府の防諜組織ダイスによって殺されたということを教えられる。
今まで自衛隊に属し国家を疑うことを知らなかった宮津は
息子を理不尽に殺した国家に復讐を誓い、護衛艦いそかぜにに乗り込む。
一方同じ護衛艦いそかぜの仙石は航海の直前、妻に三行半を突きつけられ
自らの人生の振り返られずにはいられない。下士官をまとめる先任伍長として
いそかぜに乗り込む。
さらに防衛庁の防諜組織ダイスの渥美は米国の特殊兵器を強奪した
ホ・ヨンファを追っていた。
いそかぜクルー如月は他と交わることなくクールに仕事をこなしていたが
兵長の田所とそりが合わず喧嘩になってしまう。仙石は如月の手に触れることができない
心の内奥を前に途方に暮れてしまう。

とまあ、さわりを書いただけでこんな風になってしまうわけです。
事件が起きる前を書いただけでもこんな風にややこしくなってしまう小説だ。

作品の評価としてはどうだろうか?
各人物の背景が詳しく述べられていてその点では
非常に作品に入りやすいといえると思う。
文句のつけようがない。
時代背景もきちんと描きこまれていて、少なくとも
「半島を出よ」のようなわかりにくさはない。
完成度は高いといえると思う。
なかなかお奨めの作品だ。

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2005/04/21

愛知万博見聞録

いや~行って来ましたよ。愛知万博。
しかも昨日は雨!
結構大変でした。なんといっても雨宿りできるところが少ない。
なんとか屋根をつけてもらえんだろうかと何度も思いました。

行ってみてびっくりしたのは学生とじじばばが多いということ。
学生は制服を着た中学生高校生が多く、なかなか羨ましいものがありました。
また、じじばばが本当に多い!
ツアーで来ている人も多く、日本のじじばばは元気だと妙なところで感心。

さて、自分はトヨタ館とマンモス見てきましたよ。
トヨタ館は自分としては何てこともなく、そんなに感激はしませんでした。
マンモスのほうは何か不気味な感じがありましたね。
確かに肉がついていてミイラ状になっており、すごいというより
不気味さを感じました。
それから外国館にも行ってきました。
ほとんどの外国館がホントにやる気あんのかと、突っ込みを
入れたくなるくらい、物品を単純に陳列しているに過ぎなかったわけですが
唯一、クロアチア館だけは、目を見張りました。
塩田のリアルな作り物を床一杯に作ってあって
係りの人の指示によって、端にある囲いの中に入るとその囲いが
グィィィンと上がって行き、上から覗き込むように塩田の作り物を覗き込むようになります。
その塩田の作り物をスクリーンにして、映像の上映が始まるのです。
一般に映像が下から上を見上げるのが多いのに対し
クロアチアの場合は上から下を覗き込むのです。ちょっと体験できない
珍しい趣向で感動しました。
クロアチア2重丸です!!!
フランス館も手の込んだ映像を見せていましたが
クロアチアの方が上です。お奨めスポットかも!
http://www.expo2005.or.jp/jp/C0/C3/C3.12/C3.12.5/

あとは男性諸君!
トルコ料理の店 ソフラに行きなさい。
http://www.expo2005.or.jp/jp/A0/A4/A4.2/A4.2.4/A4.2.4.2/index.html
ベリーダンスが見られます。
このベリーダンスのお姉さんがとんでもなく美人で
しかもセクシーな衣装で踊るのです。
スタイル抜群、キュッとしまった腰をくねらし
大きなオッパイが小刻みに震え
そりゃあ、もう、たまりません!
必見です。
初めてベリーダンスを見ましたが
これは素晴らしいものです。

超エロティック!!!!!
わぉー!!!

と叫ぶこと請け合いです。
ぜひぜひいってください。
女の人が見ても美しいと感じるんじゃないかな?
ロボットだなんだと話題の多い万博ですが
やはり人間の生身の姿のほうが
すごいと再確認してしまった一日でした。

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2005/04/19

雨恋

この本の帯には「ありえない恋ラスト2ページの感動」
なんて書いてあり、恋愛小説かと思って読み始めたら
思いっきり推理小説だった。恋愛小説と読めなくはないが
出版社の商魂たくましすぎる。

さて、内容なのだが
主人公の渉はひょんなことからとあるマンションに住むことになり
そこで幽霊に出会ってしまう。
女の幽霊。姿は見えなくて、声だけ。どういうわけか、雨の日にしかこのマンションに現れない。
なんでもこのマンションで自殺したのだが
実際は自殺ではなく、誰かに殺されたというのだ。
女の幽霊 千波(ちなみ)は渉に真犯人を探して欲しい。
と頼む。

こんな内容である。
まず何といってもアイディアが奇抜だ。
調べを進めるうちに何か疑問が解決されると
千波の姿が少しだけ見える。
脚だけ、続いて下半身、上半身という具合に。
千波はスタイルがとてもよいから
若い男渉にすればどぎまぎしてしまう。
ただその描き方はとても幻想的で
美しく、ぎらぎら感はない。
その辺りがとても好感が持ててよいと思う。
ただ男の読者からすれば、ちょっぴり物足りないように
感じてしまうのは致し方ない気もするが
僕はこのぎらぎら感のなさが、かえって、この小説が
下品にならず、とても、上品にまとまっている感じにおもえてならない。
とてもよい作品だと思う。

惜しむらくは、ミステリとしてちっとも面白くないところだろうか?
謎解きが全く面白くない。
まとめがところどころ入ってくるのは仕方ないがちょっとうざい。
特に最後の「後説(あとせつ)」部分がいただけない。
やたら長く書いていて読んでて、だれる。
この部分はさっと、テンポよく書いて欲しかった。
それまでの小説のリズムは非常にテンポ良く進んでいたのだから
ここでリズムを崩してはダメだな。

全体としては渉と千波の恋がとてもはかなく
大ラスで千波の姿が消えてなくなるとき、
2匹の猫と一緒に見守る姿が切なくてとてもよかった。
僕は恋愛小説として非常によいのではないかと思います。
はっきり言ってとてもよい作品です。
ぜひとも読んでみて欲しい作品だね。

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2005/04/18

半島を出よ

上下巻を昨日の深夜読み終わった。その感想文を書いてみる。

なんともわかりにくい小説だと思った。
わかりにくさはどこから来るかといえば、
物語の設定にあるように思う。
この設定むりがあるなあ。というのも2011年の日本を舞台に
しているのだが、この頃には米国の通貨ドルが暴落して
それに合わせて円も暴落し、経済は完全に行きずまり、
しかも食糧危機も発生しかねないという状況だ。
日本は没落しているという設定なのだ。
ここまではいい、フィクションとしてはありうべき設定だろう。
ところが、日本国内の細かい描写になると「豊かな国日本」の描写になってしまい
ちっとも危機などない。
ホームレスが格段に増えていると書かれているが、
増えているという記述に特段のリアリティはなく、非常にわかりにくい。
この小説では、時代状況の設定が非常に重い比重を占めているので、
このわかりにくさは致命的なミスといえる。赤坂の夜の章では
高いワインを飲みに来る客を迎えるバーのマスターを描いているが
そこには危機や切迫感はない(もっとも、作者としては日本が高所得者層と低所得者層の2極分化、ひいては東京と地方の切迫感の違いを描いているつもりかもしれないが、それほど成功しているわけではない)。

また、福岡の東京に対する反感をNHK小川を通して描いているが
これには違和感を感じざるを得ない。
ここでは、地方の東京に対するコンプレックスを書いていて、わからないわけではないが
理解に苦しむ。僕も地方の人間であり東京へのコンプレックスという感情を共有してはいるが
その反面、東京なしには生きられないという現実を理解しているわけで、愛憎半ばする感情というところだろうか?ちょっと理解しがたい感覚がこの小説にはあるようだ。

また、この小説は各章にそれぞれ違う1人の主役を置いて、物語を進めていくのだが
こういう手法をとればやはり統一感というのは失われるわけで、それはそれで致し方ないことだと思う。
作者はその辺りのことは十分理解して作っているのだろう。

それぞれの描写だがこれはすごい!
とくに僕がすげーと感動したのは、「死者の船」「退廃の発見」であろうか。
「死者の船」には共有感覚を見つけ出す過程が描かれていて美しいと思った。
共有感覚を喪失した少年達(あるいは現代日本人?)がふわふわとして曖昧な共有感覚を
掴む姿は正直感動した。確かに共有感覚というのは皆でわいわいすることではないのかもしれない。
それは上辺だけの共有感覚で確かな手ごたえのないものなんだろう。
ふわふわとした曖昧な共有感覚とは例えば、映画や演劇に感動して自然と拍手し、スタンディングオベーションになるというような物もあるのだろう。このとき見ず知らずの観客達は間違いなく共有感覚を持っている。面白いと思った。目から鱗だと思った。

「退廃の発見」には驚いた朝鮮の将校が発見するのだが、「多数のために力のない少数者が犠牲になることだ」と発見するのだ。
まあ、一般に言われるような退廃のイメージとは違うとはいえるのだが、
だがここでいえるのは、国家とか、集団は「多数のために力のない少数者が犠牲になることだ」という定義を
自然と内包せざるを得ないということなのだろう。それは抜きがたい社会のシステムであり
このシステムをなくそうとすれば、全く孤独に生きるくらいしか方法がない。
退廃とは孤独の恐怖ともいえるわけで退廃を避けたいと願うならば、孤独の恐怖に耐えねばならないと
いうことだろうか?なかなかの慧眼だと思った。

これはいただけないと思ったのは、日本政府の描写だろうか。
余りにも矮小化しすぎて描いている。もう少し日本政府は
果敢な政府だと僕は思っているのだが、どうだろうか?
もっともイラクへの自衛隊の派遣でろくな武器も持たせず
現地に送り出したことを考えれば
むべなるかなと思わないでもないのだが、ちょっと気に入らない。
日本外交は意外に国益を踏まえ、冷徹な計算をするように思うのだがどうだろう?
(今起こっている中国、韓国の反日運動に関連して竹島を放っておいて、東シナ海のガス田開発から手をつける
というのは資源のない、竹島を見事にスルーして、優先順位を過たずつけているように思うのだがどうだろう?)
もう少し考えたほうがいいだろう。
決断力のなさが日本の歴史みたいに言われるが
少なくとも日本は自分の意思で日清、日露、大東亜という戦争を選択してきたのだから。
矮小化しすぎる描写は決してうまくはないし、物語に軋みが生じてしまう。
国土を荒らされて黙っている政府はいません。

全体的に人物の描写は非常によく書けていて舌を巻くほどだが
大もとになる背景の設定は脆弱だというのが、率直な評価というところだろうか。

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2005/04/15

めでたいのか、めでたくないのか

今日、僕は誕生日です。
おめでとう!と、自分で自分に言ってみる。
めでたかねえじゃん!!!!!

31歳になったしまったよ。
まだ再就職もしてないんだぜ。
冗談じゃないよ。
ひとつ年をとると、それだけ再就職が難しくなる。
憂鬱だ。いいことなんてひとつもない。

みさなんはどうですか?
ってか、これを読んでくれた方で今日誕生日の方はいらっしゃるのでしょうか?
もしそういう方がいらっしゃったら
コメント入れるように!

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2005/04/14

オペラ座の怪人

ついに見てきましたよ、やっとって感じね。
人によっては“いまさら?”ていわれるかも。

見た印象はとにかく豪華絢爛ですな。
これはどの記事を見ても同じ様なことを書いているようです。

とくに冒頭、オークションでシャンデリアから一気に全盛期の
オペラ座に入っていくシーンの衝撃度はすさまじい。
また作品の後半、仮面を着け扇子をもっての舞踏はものすごい華やかです。
西洋の美的意識を十二分に堪能させてくれます。

また、歌われる歌の数々は非常に印象深い。
特に冒頭のチャーンチャラチャラチャーンには重厚さとロックっぽい感じが合わさって
非常によい。
映画が終わってあの曲のイントロが何度も頭の中で響いた人は多いでしょう。
僕は時間があっという間に過ぎ、え、もう終わっちゃうの?て感じでした。
時間を忘れて見入ってしまう作品はすばらしい。
この作品はそういう意味でも最高の評価を与えられるでしょう。

ところでこの作品の構造なのですが
非常にシンプルに出来ています。
平たくいえば、二人の男性に求愛される女性の物語と言えます。
昔からよくある構造のもので、これ自体はそれほど珍しいものではありません。
また、2人の男性のコントラストも非常にはっきりしています。
一人は怪人で非常に不幸な生い立ちで、顔が醜く、地下で孤独に生きる男。でも芸術のセンスはずば抜けている。
もう一人貴族の師弟で、すべてにおいて充たされている男。かっこよく、金もあり、社会的地位も高く、だが芸術的センスはそれほどでもない。
ゆれるわけですねこの2人の間で。
これもよくある構造のものです。珍しくはありません。

女性はこの2人に非常に感謝をしているわけです。
それぞれに恩義があります。怪人にたいしては芸術的センスを与えてくれ、貴族の師弟は現在の地位まで
引っ張り挙げてくれたという恩義があるわけです。
したがってゆれるしかないわけです。

このようにこの作品は非常にシンプルであり
また、古典的構造を持っているため、だからこそ安心してみていられるのです。
結局、印象に残る作品というのはこういう、シンプルさが重要になるのでしょう。

最近はちょっとひねった作品が多いです。
ちょっとだけ病的であったり、シニカルであったり
とかく登場人物がひねくれていたりするのです。
ですが、これは非常にディティールにこだわり過ぎるというきらいがあるのではないでしょうか?
スターウォーズが成功したのはなぜか?
決してSFXがすごかっただけではないはずです。
お姫様を救う、騎士の物語という単純な物語であったからだと思います。
要はその単純な物語をどう見せるかと言うことでしょう。

こういう単純な物語をどうみせるか?
それは物語の設定というか背景の設定をどう趣向を凝らすかに
尽きると思います。
スターウォーズでは宇宙、オペラ座の怪人では旧い時代の全盛期のオペラ座。
さらに言えば、タイタニックでは沈む船と言うことではないでしょうか?
傑作はおうおうにして、単純な物語と、シンプルな人物設定、
印象深い背景の設定と言う要素で決まると思います。

みなさんはどう思いますか?

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2005/04/08

THE AVIATOR 

伝説の男、ハワード・ヒューズの伝記だ。
主演はディカプリオ、監督はスコッセシ。
とにかくスケールがでかい。映画作るっていったってあんなに何機も飛行機飛ばしちゃうんだもんな、こっちの感覚がついていかないよ。しかもこれ、実話だし。

ヒューズの前半生までしか描いていない。絶頂期のイケイケの頃を描いている。ヒューズの後半生は神経がいかれて、全く人には遭わず、しかもどうやって死んだか今もってわからなかったんじゃなかったっけ?絶頂期に忍び寄る不吉な影みたいなものは映画に描かれてはいたが、どうしてそうなったかは、ちょっと僕にはわからなかった。単純な飛行機事故でそうなったとは言えそうもないしね。

全体的に長い長い物語を、アップテンポで見せているためちょっとこっちの頭がついていかなかったな。もう少し、のんびりやってくれればいいのにと思ってしまう。物語を急ぎすぎてるな。
ディカプリオは相変わらずうまい芝居をする。天才だな。ヒューズってこんな奴かもって素直に思えてしまう。絶頂期の頃の自信過剰なところ、転落し始めて神経を病んでいく姿、どれも迫力があって、見ているこっちが思わずのけぞるね。

全体的にみてちょっとわからないところが多い。エピソードの省略を多用しているためわかりずらいのは致し方ない。もう一度観て、ああこういうことだったのかと納得する作品だね。

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2005/04/05

SWING GIRLS

DVDを発売日と同時に購入していたのだが、やっと昨日見た。
劇場でも一回見ているから、これで2回目となる。

人によってはこの作品を、ウォーターボーイズの2番せんじと見る人もあるかもしれない。
確かに、主人公が女の子に変わっただけで、同じ高校生だし、
シンクロがジャズに変わった。素材が変化しただけで、基本的な性格は変わってないと考えられるかもしれない。

しかし、そう単純でもないだろう。
ウォーターボーイズとの最大の違いは、主人公の性格だ。
ウォーターボーイズでは主人公はなよなよっとしていて、内気で意志が弱い。
彼がはっきり意思表示するのは、シンクロやると決めた時だけで、ほかのときは、なんとなく流れに身を任せている。
SWING GIRLSの主人公は無理やりと言うか強引に流れを変えていき、
パワフルに周りを巻き込んでいくのだ。それは、はっきりいって迷惑なほどだ。

2本の映画とも今までやったことのないことに高校生達が挑戦すると言うストーリーだから
似ているように感じるのはいたしかたないところなのかもしれない。
しかし似ていると言うことが即同じと言うことを意味するわけではないと言うことだ。

もし、SWING GIRLSの難点を述べるとしたらやはりジャズと言う素材にあるのではないか?
ウォーターボーイズでは、男がシンクロをやると言う常識のひっくりかえしがあった。
だから面白かったといえる。
SWING GIRLSでのジャズはブランデー飲みながら、おっさんがやるものと定義しているが、
実際にはその定義はそれほど力のあるものではなく、一般常識的に考えて
そんな定義は意味がない。女の子がジャズをやっても全く不思議ではないのだ。

女性の社会進出が進んでしまって、女の子の物語が作りにくくなってしまったのかなぁなんて思ってみたりもする。
女の子がジャズではなく相撲なんかやってみたら面白いかも、なんて夢想するが
ま、それもどうだかねぇ。

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2005/04/04

ご長寿早押しクイズ

昨日の夜、さんまのからくりテレビでご長寿早押しクイズをやっていた。
しかも名人戦。

内容はむちゃくちゃで、特に1番と2番のご長寿は全く会話が成り立っていない。
もちろん大爆笑である。

ところで、これを見ていたわが両親(父65歳、母57歳)は、大笑いしつつも苦い思いをしていたというのだ。

ここで出てきたご長寿はこういってはなんだが、ぼけていらっしゃる。
両親にしてみれば、今は自分たちはぼけてもなく、ご長寿を笑っていられるが、
いつ自分たちがあっちの側に立つかわからないというのだ。

「10年後の自分達の姿だ」

と言って、しょんぼりしてしまうのです。

まあ、まあ、元気出せよ。と言いたくなる。そん時は僕が面倒見てやるからさ。
と、口には出さないけどそんなことを思った、無職の長男でした。

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2005/04/02

オムニバス

自分のなかでは意外にお得感で一杯なのが、オムニバスのCDなのだ。
僕は個別のアーティストのCDは余程気に入らないと買わないことにしている。
というのも、個別のアーティストのCDを買ってしまうと、そのアーティストの世界観のすべてを引き受けなくてはならないような気がしてしまうのだ。
要するに、面倒だということ。

オムニバスCDはその点、気が楽で、耳慣れた曲だけが入っているから、買いやすい。
もっともこれは音楽を聴く上では邪道だよな。
音楽真剣にやっている人からすればこんな意見はふざけんな的で受け入れられないだろうな。

でもこの気楽さがないと僕はついていけないわけ。
専門店的なディープ世界より、コンビニ的な手軽さがいいわけですよ。

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